>>18 >それを選択する事、自殺することまでを精神的、知性的な判断だとするのは論理の飛躍
そんな事は無いよ。
「死」という事象・概念の把握を正確に出来るのは知性のなせるわざ。
と言う事は、その選択も当然精神的・知性的な判断に起因する。
土台が無いのに家を建てられないのと同じ。基礎が無ければ上物は成立しない。
>先の例で言うならば喫煙は知性の成せる技だが、その行動は「本能」的に快楽を求めるのが原因
>エロ本を読むには字が読めるだけの知性がなくてはならないが、その行動自体は知性的なものではない
それは例えがおかしいね。
性欲があるからエロ本を作り出したという事。性欲と言う基礎があるから、
知性的な対応の一つとしてエロ本が出来ただけの事。
死と自殺に例えるには適当ではない。
動物は本能として死を避けるようプログラムされているだけであって、
「死」が「愛する者(これもまた人間の概念だが)との永遠の別れ」とか
「自己の永遠の喪失」と理解した上で避けようとしているわけではない。
だからこそ、死の間際に「遺される者へ託すもの」が無い。
(生殖・繁殖によりその託す作業は完結していて、精神的なものは無い)
愛する人や生きる目的が無い人間、肉体的精神的苦痛に耐えられない人は、死を選ぶ事がある。
それは本能とはまるで異なる価値基準で判断されている。
あらゆる「自殺の理由」が知性/理性つまり精神的なものを元にしている。
返信する